海と子どもを守るために立ち上がった、選ぶことで次世代に繋ぐ。
「UMI」が伝えるSDGs、美しい海のある未来へのアクション。
千年の伝統を持つ日本一の鞄の産地・兵庫県豊岡市で、半世紀に渡り鞄を作り続けてきた株式会社由利が、廃棄漁網を再生した生地を使ったスクールリュック「UMI」の製造に乗り出しました。美しい日本海に面している豊岡市だからこそできる、子どもたちのために未来の海を守るアクション。廃棄漁網のアップサイクルでSDGsに取り組む思いを、由利昇三郎代表取締役に聞きました。
目次
ー恵みの海が目の前にある豊岡だから再生漁網を使った鞄で海を守りたい
ー軽さ×海の色×SDGs ビジネスのチャンスも広がった
ー環境という視点でものを選び長く使い続ける喜びを知ってほしい
恵みの海が目の前にある豊岡だから再生漁網を使った鞄で海を守りたい
ーー由利社のある豊岡市は、日本海に面している、海のある自然豊かな街であり、日本最大の鞄の産地ですね。
はい、日本海は美しく、自慢の海です。冬は松葉ガニ、夏はホタルイカと、豊かな海産物にも恵まれています。
豊岡市は国の天然記念物「コウノトリ」の日本最後の生息地としても知られています。人工飼育したコウノトリが自然に帰れる豊かな自然環境を守るため、豊岡市は早くから自然再生や環境創造型農業などに取り組んできました。
ーー環境への意識が高い豊岡市で生まれ育った由利社長だからこそ、環境問題やSDGsへの関心が高かったのですね。
もちろん関心はありましたが、企業としては1964年の創業から長らくの間、国内外のトップブランドの鞄製造をOEMで全面的に請け負ってきました。そのため、カーボンニュートラルや環境への取り組みは、どちらかというと大手企業がやるもの、という意識がどこかにありました。
自分ごととして捉えられるようになったきっかけは、2代目の私が会社を引き継いで以降、「OEMだけではなく、自分たちで企画して製造してお客様に直接売りたい」という社員の声を反映し、四つのプライベートブランドを立ち上げたことが一つ。もう一つが、5年ほど前、スペインの鞄のトップブランドから、全て再生系のリサイクル素材だけを使った製品の話を頂いたことです。
「持続可能な社会のためにSDGsに則った考え方でものづくりをする。バージン材と言われる新品の素材は使わない」という徹底した姿勢を目の当たりにし、驚きました。
ーー世界のトップブランドは、いち早くSDGsに取り組んでいたんですね。
はい、それが強い印象に残っていたので、2019年から2年間、兵庫県鞄工業組合の理事長を務めていた時に、組合として利益を追求するだけでなく何かできないかと考えました。
組合としては鞄の製造過程で出る革の余り生地を使った小物ブランド「豊岡小物」を立ち上げ、SDGsへも取り組み始めていましたが、そんな時にたまたま、海洋ごみによる海への負荷の軽減に取り組んでいるALLIANCE FOR BLUEの理事長から廃棄漁網のアップサイクルについて話を聞く機会があったんです。
ーー初めて廃棄漁網を再生して生地を作るという話を聞いた時は、率直にどう思いましたか。
海洋プラスチックごみのうち、漁業に使われる漁網・ロープなどが約30%を占め、海洋汚染の一番の原因になっていることは全く知りませんでしたし、自然分解されるまでに600年以上も海の中を漂い続けると聞いた時には驚きました。同時に、豊かな海が目の前にある豊岡で、海の恵みを享受しながら鞄を作っているからこそ、漁網を再生して海を守るというキーワードが胸に刺さりました。
漁網の再生生地を使った鞄作りはまだどこもやっていませんでしたし、生地のサンプル開発もこれから、という段階でしたが、だからこそ先駆けてやる意義がある、海のある豊岡、鞄の街豊岡だからこそできると感じ、「手を組んで全面的にやりましょう」とスタートしました。
軽さ×海の色×SDGs ビジネスのチャンスも広がった
ーー出来上がった生地を見た時、どんな印象を受けましたか。
廃棄されたナイロン製の漁網を集め、ペレットにし、糸にしてから生地を作るので工程が増える分、正直、決して安くはありませんでした。でも、パッと見は普通の生地と変わらないのに、持ってみたらとても軽かったんです。驚きました。ちょうど軽い鞄がトレンドだったので、軽さを活かせば多少値段が高くても売れる商品が作れると思いました。
こだわったのは生地の色です。組合員のアイデアで海の色、それも明るい海の色のエメラルドと、冬の日本海の暗い海の色の2色を作ることになりました。普通の鞄ではなかなか使わない色ですが、豊かな海を守ろう、というメッセージを伝えるにはピッタリだと思いました。
ーー漁網のアップサイクルに対する社員の理解やSDGsへの関心は高まりつつありますか。
最初はやはり、SDGsに対する理解度も意識も低かったです。でも、豊かな海を子どもたちに残す責任や再生漁網の活用が地球環境を守ることにつながるという話を繰り返し伝えたり、社員の子どもたちも一緒に海岸でのゴミ拾いなどをしていくうちに、利益追求だけではない、企業としての社会性や企業コンプライアンスへの意識が高まっていくのを感じました。
また、これまでは商品のクオリティと価格が絶対である鞄業界で鞄を作ってきましたが、SDGsという視点が加わることによって、全く違う新たな領域で鞄を届けるチャンスが広がってくることに気づくと、社員の意識が変わってきました。新たな市場から反応があるので、漁網の再生生地の向こう側に広がっているビジネスとしての可能性に、社員が気づき始めたのだと思います。
ーー生地の値段が通常よりも高いということでしたが、製品を見た消費者の反応はいかがでしたか?
廃棄漁網を再生してできた生地であることをお客様に伝えると、意外にも価格のことは気にされない方が多くて驚きました。何よりやっぱり、口を揃えて「軽い!」とおっしゃるんです。軽さと、海を守るという取り組みへの評価、そして海を象徴する生地の色、それぞれがピタリとハマり、訴求力につながったと感じています。
ーー売上の一部が、海を守る活動にも使われているのですよね。
はい。環境配慮型の商品である Product for the Blue として、売上の一部をALLIANCE FOR BLUEに寄付しています。海に廃棄された漁網を回収するのはとても大変なので、漁網の回収や漁網を再生するための工場を建てる資金として役立ててもらっています。
今は北海道の厚岸漁網が回収に全面的に協力してくれていますが、再生利用されることがわかれば、全国の漁協にも漁網の再生の動きが広がってくると思います。増えれば再生生地の価格が下がりますし、買い求めやすい価格になって普及すれば、また再生できる量も広がっていきます。いい循環が広がる一助になればと思っています。
環境という視点でものを選び長く使い続ける喜びを知ってほしい
ーー廃棄漁網を再生した生地をランドセルに使おうというアイデアは、どこから出てきたのでしょうか。
ランドセルの重さが子どもの負担になっていることが報道されるようになり、ナイロン性のランドセルにも目が向けられるようになりましたが、既存の製品をよく見てみると、規格が厳しく定められているランドセルに比べ、全体的に製品のクオリティが低いことに気づきました。「6年間持たないだろうな」という商品がほとんどだったんです。
見方を変えれば、ナイロン性でも6年間しっかりと使えるクオリティのランドセルができれば、唯一無二の商品になるということです。豊岡鞄を製造する会社として、私たちはビジネスバッグに大きな自信を持っています。廃棄漁網を再生した生地の軽さと、ビジネスバッグの製造で長年培ってきたノウハウを組み合わせれば、軽くて丈夫なランドセルを作ることができると確信しました。
ーー完成したUMIのスクールリュックを目にした子どもたちの反応はいかがでしょうか。
スクールリュックを買うのは小学校に上がる前の年齢のお子様たちですから、SDGsの視点でランドセルを捉えるのはもう少し大きくなってからかもしれません。でも、親御さんたちは次世代に海をつなぐという取り組みに感銘を受けられ、誇りを持ってUMIを選んで下さっています。
6年間ランドセルを使い続けていく中で、なぜこのランドセルを選んだのかその意義や地球環境、SDGsについて親子で会話していってくれたら嬉しいですね。
ーー海を守ることにつながるスクールリュックを6年間使うことで、子どもたちの環境への意識や、物を買う時にどんな視点で選ぶかという行動にも影響しそうですね。
そうなんです。見た目や好みももちろん大切ですが、次世代に自然豊かな地球を残すには何をどんな視点で選んだらいいか、自分の選択で未来が変わる、という視点で自然に考えられるようになってもらえたら嬉しいですね。
だからこそ、このスクールリュックは6年間、そして願わくば、弟や妹まで使い続けていただいて初めて、SDGsが成功したことになると思っています。売って終わりではないんです。
そのためにも、もし何か使い勝手に問題があったら私たちは必ず直します。フィードバックサイクルと呼んでいますが、お客様からここを直してほしいという修理の依頼があったら、必ずお受けしています。直すことで、どこの修理が多いのか、なぜその修理が必要になったのかというのを徹底的に分析し、フィードバックし、改良していけるからです。
ーーなんでも簡単に手に入り使い捨てができる世の中になってしまったからこそ、直しながら使う、直すことでより良くなる、ということを伝えるという点でも意味がありますね。子どもの体に負担がかからず、未来の海も守ることができるUMIのスクールリュックが、全国に広がっていくといいですね。
はい。そして豊岡鞄を製造している組合のメンバーと一緒に仕事を分け合うことができたら最高です。子どもたちのため、未来の地球のために良い地球環境を残していきたいと思っています。
Interviewer・Writer
平地紘子
大学卒業後、新聞社に入社。記者として熊本、福岡支社勤務。九州・沖縄で暮らす人たちから話を聞き、文章にする仕事に魅了される。出産、海外生活を経て、フリーライター、そしてヨガティーチャーに転身。インタビューや体、心にまつわる取材を得意とする。小学生2人の母。mugichocolate株式会社所属。